光る水面のドブイナジー

読んだ本とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

佐藤勝彦 縣秀彦 「宇宙には、だれかいますか?」

タイトルがそそる、この本。
その様子からして、宇宙人とかの存在をわーわー書いてあるのかと思ったら、なんか違った。が、予想以上に面白かった。
面白かった、というのは知的好奇心が刺激された、という面白さです。

本書はアストロバイオロジーという、比較的新しいとされる学問分野で研究されておられる18人の科学者のおっさん・おねえさんのお話です。

 

科学者18人にお尋ねします。宇宙には誰かいますか?

科学者18人にお尋ねします。宇宙には誰かいますか?

 

直訳するとアストロバイオロジーは、宇宙生物学・宇宙生命科学、となるのですが、まだ地球以外の天体で生命体が発見されたわけではないので、この直訳はあまり意味がないようです。もともと、NASAの造語だそうな。
 

本書では

現代の生物学は宇宙のどこでも通用する普遍性があるのか。あるいは地球生命はどれほど特殊なのか。そうした疑問を科学的に解明できるように、天文学から生物学までのあらゆる既存の学問を結び付け、組み替えていくための「焼き鳥の串」こそが、アストロバイオロジーでしょう。

矢野創

と語られています。

色々削ぎ落としていうと、「宇宙に我々人間はひとりぼっちなのか、地球生命以外に生命は存在しないのか」(山岸明彦)という疑問を究極的に問うていく学問のことみたいです。本書のタイトルも、この疑問に変換できます。

 

本の構成としては、同じ質問を18人の科学者に問いかけ、その回答をしてもらう。てな感じになっています。質問は

1、研究内容
2、「生命の定義」についての独自の見解
3、地球生命はどこから来たか
4、地球外生命体が発見されるのはどんなところか
5、どうすれば地球外生命体”知的”生命体を発見できるか
6、知的生命体が見つかったとしたら、どういう行動をとるか
7、知的生命体がいる世界には、どんな社会があると思うか
8、人類は、太陽系を超えて天の川銀河に広がりうる生命だろうか

という8つ。これがまた、十人十色というか、十八人十八色です。
色んな考え方があるんだなー。ていうかプロでもこんなに見解が180度違うもんなんだなあ、というのを改めて感じさせます。
ただこれは、「科学者ってやつぁ、てめえの考えを好き勝手に言ってるだけじゃねえかい。誰も信用ならねえなあ、え?」というわけでなく、宇宙のことが本当に分かっていない、分かっているのはほんの僅かな部分でしかない、ということなのでしょう。

だから、この本を読んでも「宇宙にだれかいるかどうか」というのは分かりません。
みんな言ってることが違くて、何が正しいのかはっきりしません。
ただ、それはこの本のひとつのミソであると思います。

 

この「分からない」というのは他の分野にも十分言えることですが、ことに宇宙に関してはその割合は非常に高いでしょう。その網膜に映すことはおろか、理論や想像で語るしかないような世界が大海よりも広く果てしないのですから。
僕のような者が改めていうことでもないのですが、その果てしなさゆえに、人類は宇宙やそのほかの「分からないもの」に強いベクトルを持つのだと思います。
18人の色んな姿・研究から、その点を改めて感じました。

 

このアストロバイオロジーという新たな学問は、宇宙のことに目を向けながらも、我々地球人のことを知る手がかりにもなるようです。これは現代で例えれば、はじめて海外に出た人のことを考えると分かりやすいかもしれません。

母国を離れ、それまでとは違った文化や環境、風景を知ることで、今まで気づかなかった自分の国やそこに住む人々と文化の特殊性、ひいては自分がどんな存在かということに、自ずと気付くことになるでしょう。

宇宙にはほかの生命体がいるのか、いるとすればどんな環境で、どんな形態をし、どんな在り方をしているのか。いないのなら、何が足りないのか、無いのか、過剰なのか。
ひいては、生命とはそも何なのか、何を以て生命とするのか、我々人類が生命であるとするのはどういうことなのか。
そう考えていくと、地球の起源や、その上での生命(人間やそのほかの生物)の起源や進化、未来などについて考えを深めることになる、というのがアストロバイオロジーのゴールなのです。

 

陳腐な言葉ではありますが、まさに人類のロマンというか、究極にして切ない、永遠のマイルストーンのようなものがアストロバイオロジーにある気がします。
というのが、本書の感想。

 

色々な学者の独自の見解は楽観的なもの・悲観的なもの、現実的なもの・やや空想的なもの、生命体はいる・いない、とそれこそ色々でしたが、特に気になった考え方をしていたのが、須藤康という東大大学院の教授でした。

このしとは、6、知的生命体が見つかったとしたら、どういう行動をとるかという問いかけに対し「あまりにも危険なので、直接接触するのはおすすめしない」という、ややクールなおっさんですが、8、人類は、太陽系を超えて天の川銀河に広がりうる生命だろうかの問いかけの回答がなんか悟っている感じである。

ただ私の哲学としては、その時は観念して諦めるべきではないかとも思うのです。少なくとも、この地球を後にして別の惑星で生き延びるという意見には賛同しません。この宇宙のあらゆる天体は、誕生してやがて死んでいきます。これは宇宙における物質循環という科学的な話ですが、ある意味では天体の輪廻でもあります。そのような自然の宿命を超えてまで生き延びようとするべきではないのでは、というのが私の価値観です。あまり夢がない枯れた意見ですみません。

現実問題として将来的に、地球は住めなくなる。その時は宇宙進出を実現させようとする人は出てくるだろうし、それは可能だろうという人もいる、という話をした後の須藤教授の見解です。

輪廻転生を、宇宙や天体規模でとらえる。
その哲学は、人類をより宇宙へと近づけるものです。

 

他にも、関根康人東大大学院准教授、矢野創JAXA助教の見解などが印象的でした。

私が子どもの頃は、星好きの子が夜空を見上げれば、広大な宇宙の中で孤独を感じるという、「ひとりぼっちの地球人」のような世界観でした。ところが1995年に初めて系外惑星が見つかったという報告を聞いたあとで夜空を見上げた私には、目の前で輝いている星々の周りにはある割合で生命がいる惑星があってもいいんだと思われ、星空は孤独を感じる対象ではなくなりました。

矢野創