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光る水面のドブイナジー

書評とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

鈴木一夫 「水戸光圀語録 生き続ける合理的精神」

勧善懲悪、という言葉があるということは、「悪が栄えて善がくじかれる」というしょうむないことが現実にまかり通ってしまうものなんだよ、ということを暗に示している。
恐ろしいことである。いみじきことである。よよ。弱者はただひたすらに耐え忍ぶしかないのか。

ところがどっこい、そんな無辜の民を救う存在があった。水戸光圀という偉いじいさんである。彼は「すけさんかくさん、やっておしまいなさい」という呪文を唱えるやいなや、数分後には「カッカッカ、これにてめでたし」と言ってスタッフロールを流す、という魔法を備えていた。勧善懲悪の権化、水戸光圀公ここにあり、ちゃっちゃららら、ちゃららら、ちゃらららららららら♪

 

というのはテレビ時代劇「水戸黄門」のおおよそのフィーリングである。
「黄門様ってすげえや、俺たち庶民の味方なんだ、わっふーい」というのが視聴者の感想であるが、哀しきかな、この時代劇はあくまでフィクションであり、紛れもない創作・妄想の類である、ということからこの本は始まる。

 

水戸光圀語録―生きつづける合理的精神 (中公新書)

水戸光圀語録―生きつづける合理的精神 (中公新書)

 

 

あの時代劇はフィクションであるとはいえ、勧善懲悪というか平民のことをよく考えていた大名であることは間違いないらしい。というか、黄門様は平民のことだけでなく、もっと広い視野で行政にあたり、人に接し、この国の未来を展望していた。ということが彼とその側近がまとめた言葉にあらわれている。

水戸黄門として親しまれている徳川光圀は、たくさんの文章を残した知識人大名である。彼の言行録には名言、至言が数多くあり、混迷の中にある現代にこそ読まれるべき内容を含んでいる。江戸初期に生きた光圀の合理的精神は、人間社会に普遍的なテーマを捉えていたわけだ。「正義感溢れる好々爺」「尊王思想の権化」といったイメージに惑わされることなく、光圀の言葉に秘められた魅力と説得力を味わっていただきたい。

                             本書紹介 

合理的精神、というのが特徴である。光圀の思想・行動は基本的にこの姿勢にある。

その姿勢から出た言葉はそれはもう数多くあるのだが、中でも武士道の考え方が印象的。
かつて、勝つことを良しとする武士道があった。
死ぬことを良しとする武士道もあった。
敵を倒して勝つためならば命を惜しまないことが美徳とされ、誇りを守るために死ぬことを美徳とする時代があった。

そうしたものを無益、と断じたのが徳川光圀である。
むやみに無意味な争いに身を投じるより、人のために世のためにその命を使った方が意味があるのではないか。ちんけなプライドに固執するより、役に立つことがあるのではないか。

考えてみればまあ正論、間違っちゃいないが当時の身分や習俗、社会事情では反発されることもあったらしい。
しかし、光圀はそうした実情を受け止めながらも、人々のあるべき姿、社会の理想というものを希求した。

 

とまあそういう感じに、テレビ時代劇だけでは見えてこないような水戸黄門の姿が、本書からは浮かび上がってくる。

 

また、自分は日本史に関して全くの無知者であるが、徳川家の名君には「あるがままを、あるがままに」という思いが通じていることを感じたりもした。
「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」という徳川家康の人となりを表す句があるが、そうした人間観、自然観は光圀にも伝わっていたらしい。彼は政治、人事、教育などにおいて事を急がずに、それぞれの人の長所を辛抱強く見出し、熟成させるということをかなり意識していたそうである。

ということもまた、時代劇からは見えてこない一面である。
つうことで、水戸黄門の史実にもとづく本来の人物像が垣間見える本、徳川光圀その人の入門書のような本であります。

 

余談として、「じ~んせ~い、ら~く~あ~りゃ、く~もあ~る~さ~♪」というオープニング・テーマが有名であるが、これを光圀の考えによっていえば、「人生にはおよそ苦労も必要で、安楽もまた必要である」ということになる。
人や世間はある方向に傾いてはならず、何事にも執着しない。この姿勢を表すのが、「物に滞らず、事に著かず」という光圀の言葉である。彼は、政治や人事に関して厳しい眼差しで見つめ勉学を奨励する一方、花鳥風月を愛で、酒色・女色の愉しみにも耽る一面がある人物であった。今の言葉でいう、「よく学び、よく遊べ」を体現していた。

そのことが顕著に現れているのが、今の茨城県水戸市にある弘道館偕楽園である。これは第九代水戸藩主・徳川斉昭が創設したもので、今でいう総合大学とテーマパークである。弘道館で心身の鍛錬をした後、偕楽園で時季の風情に触れ、心身を慰労する。
物事のメリハリ、表裏を知ることを大切にする考えが斉昭にはあったが、それは第二代藩主の光圀から継承されていたのだろう。そしてその光圀の思想は、おそらく祖父・家康に源流をもとめることができる。そう考えると、歴史はロマンつうか、競走馬の血統のようになんだか壮大なもののように感じられる。