光る水面のドブイナジー

書評とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

入院日誌4

二月十一日 木曜 先負

「病院に入院、という因果な状況にある人々は、普段よりも他人に親しみを覚えるようになる」、と言ったのは誰だったろう。
 ていうか、そんなこと言った人はいなかったかもしれんが、そんなことをつとに感じる今日この頃は先負。何事も控えめにするのがよい、とされる日である。
 そんなこんなで何時もより控えめに茶を飲み飲みしていた私は、因果な状況でかえって親しんだ人からとんでもねえ話を聞いた。

聞くに、その人は一週間前に三週間の入院を経て退院したのに、また入院する羽目になったという事だった。なんたら恐ろしい話であることよ。

これは罪を犯して投獄された人で例えると、ここに留め吉という男がいたとする。
 留め吉は何をするにも要領が悪く、学校の成績はすべて丙、キャッチ&ボールをしてガラスを割ればいつも自分のせいにされ、お世辞のひとつも言うことができず、道を歩けば棒に当たるような男であった。しかし、まことに心根の優しい男でもあり、西にリンゴを落とした老婆がいればこれを拾ってあげ、東に寝込んだ老爺がいれば代わりに芋粥を拵え、なぜ老人ばかり助けるのだろうということに疑問を抱かず、アメニモマケズカゼニモマケズ、一心不乱に人に尽くす男であったのだ。
 このような不器用でかつガンジーのように慈愛に満ちた男は悪徳者に利用されてしまうのがよくある話で、留め吉もその例外ではなかった。
 ある日留め吉がいつものように自転車を走らせていると、曲がり角を曲がった拍子に中年男性にぶつかりそうになった。ふう、あぶねえ、ってんで走り去ろうと思うや、「てやんでい、ちょっと待ちやがれ」と男が言う。男が言うには、ぶつかって肩の骨を折ったので治療費および慰謝料を請求する、とのことだった。留め吉は当たらなかったと思ったし実際当たらなかったのだが、男は頑として請求してくる。生来争いごとを好まぬ留め吉は、その男のなすがままになってしまい、気づけば金を払うだけでなく男の仕事を手伝わされるようになってしまった。
 男の仕事というのはこれ、いわゆる運び屋という裏稼業であり、タスマニアからタスマニアデビルというサルを運び出す仕事だった。留め吉は何を運ぶか知らされておらず、おそらくは紅茶とかそんなものだろうと思って空港で荷物検査を受けたのが運の尽きであった。
 以来、留め吉は密輸入の罪を被せられ、御用となって刑務所に入れられていた。刑務所の生活は苦しくわびしく、さびしいものであった。月の光と日の光だけが友人で、窓から吹き込んできたタンポポの種を育てることだけが楽しみだった。五年目、タンポポの栽培を監視員に咎められ、留め吉は殴られ蹴られ、タンポポは踏みつぶされた。こんなところにいられない、と留め吉は涙の奥で絶望を見る。
 十年の刑期を終え、娑婆に出た留め吉は心機一転、金魚屋でも始めて一発当てようと思い、その資金をためるために吉野家で働き始めた。
 順調に吉野家で稼ぎ、金魚屋を始められるようなお金がたまる頃、ワンオペをしていた留め吉のところへひとりの客がやってきた。注文を聞くも男は誂えようとせず、ただ「西新宿署の者だが……」と口を開いた。留め吉は絶句。
 西新宿の刑事によれば、留め吉の刑期は十年ではなく、二十年だったとのことで、再逮捕しにきたのである。ようやく出れたと思っていたあの場所へ、留め吉はもう一度戻ることになったのであった。


という感じで、病院に舞い戻って来る人がいるというのである。
 先負だからと質素な生活を心がけていたというのに、なんたら暗雲漂う話であることか。つってもまだわしは退院してすらいないので、とりあえず頑張って治そー、とするのが先決。
 ただとりあえず舞い戻りたくはない。


そんな感じでマチダコーの本「東京飄然」を読んでその感想でも書こう、と思ったんだけど留め吉の話が長くなってしまったので、筆を置いて煙草を吸いすい。