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暇人のイマジン

書評とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

ヒルトン 「チップス先生さようなら」

書評 海外文学

札幌のどっかしらのビルに入ってる古本屋で買った本。店の名前を忘れてしまったんだが、ビールが飲めるめずらしい古本屋だす。大通りの近く。

 

チップス先生さようなら (新潮文庫)

チップス先生さようなら (新潮文庫)

 

 <すじ>
ブルックフィールドで過ごした数十年間はチップス先生にとってかけがえのない日々であった。赴任してきた頃のはじめての授業、生徒たちとの親し気なやり取り、心の底から愛した妻とひとりの息子、校舎、教室、あの空気。教師職を退いたチップス先生の日々は平穏なノスタルジーに満たされていた。静かにあの世のお迎えを待つチップス先生のもとに、とある新入生が訪れる・・・。

 

大きな事件もなければ、ハラハラするような出来事も特にない。
それは追憶を手繰るという行為の性質からかもしれないが、チップス先生の郷愁は温かく、そこなしに温かい。
雪の降る日に、ホットココアでも傍らに置いて、ロッキングチェアに揺られつつ飼い猫を腹に乗せて読みたいような、そんなお話だった。

 

ただ、その穏やかさの中に、やはりチップス先生の人柄というか物事に対する洞察が見え隠れして、その人情に考えさせられる場面もある。

子どもたちへの教育方針の違いゆえに、やり手の校長からクビにされかける場面とか、ドイツ生まれの先生が大戦で亡くなった時のスピーチとか(ブルックフィールドはイギリスの学校)。


印象的だったのはこの一節。

 自分の生涯・・・まさに夢のような気がする!その日の午後、彼は炉辺に坐ったまま回想する。すると、目の前に、それは長い絵巻物となって、揺曳するのであった。1860年代のケンブリッジのこと、ある八月の朝のグレイト・ゲイブル山でのこと、年々歳々、ブルックフィールド校と共に暮らしてきた日々のことなどが・・・。そして、そんなことを言うだんになると、これまでしたこともなく、また、今となっては遅すぎて、今更どうしたいとも思わないこと、例えば、空の旅をしたこともなく、トーキーを見たこともないそんなことが思い出された。だから、彼は学校で一番年下の生徒より経験があるともないとも言えず、されば、老年と若年とのこの逆説こそ、万人が進歩と呼ぶものなのだと考えるのであった。

                             94ページ

年上の人というのは往々にして、自分より長い人生の経験者であり、それだけに色んな事や考え方を知っていてそれゆえに敬意を払うもの、と考えられている向きがあるが、このチップス先生の若年と老年の逆説は、いい塩梅の謙虚さを育んでくれる言葉だと思う。若年にしろ老年にしろ。

 

また、あとがきにある作者紹介で、この話が締め切り間近にいらいらしながら自転車に乗っていた時にひらめいたものだ、という逸話があるのも面白い。
いらいらしつつ思いついた話がこんなにも温かい、というもうひとつの逆説めいたものがオツなポイントである。

 

海外の話を読んでいていつも思うが、自分にとっては外国人のジョークというのがなかなかスッと理解できるものではなく、それが少しさみしい。
時間をおいてまた読み返したい作品。