光る水面のドブイナジー

書評とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

町田康 「屈辱ポンチ」

登場人物の多くが作中で酒を飲んでいるのを見倣ってというかなんつうか、僕もたいてい酒をちょびちょびのみのみ町田康の本を読む。神の河、という安い焼酎。安くて、それなりに美味でマンダム。

屈辱ポンチ (文春文庫)

屈辱ポンチ (文春文庫)

 

 ということで酒をのみのみ、「冷静と情熱のあいだ」のアオイのごとく優雅に風呂に浸かりながら、読んだ。おもろかったです。短編が二篇。けっこう前に読んだまま放置していたので、細かいとこは覚えておらんだな。

 

・「けものがれ、俺らの猿と
(あらすじ的な)「私はもっと有意義な人生を送りたい」といって妻が去ってしまった、うだつの上がらない脚本家・佐志という男。だらだらとした毎日を送るさなか、ひょんなことからとある映画の脚本を書いてほしいと依頼される。そんなこんなで資料調達の取材にでかけるが、行く先々でトラブル三昧。気が付けばうらぶれた喫茶店の厨房に猿と立つ俺。なにがどうして、こんなことになったのか。

 ストーリーの骨子的なものは「くっすん大黒」とかに似ているような気がする、そんな土曜日。
途中、田島という少々狂った男の家に逃げ込む段になるんだが、この田島という男の狂気性がすこぶる小気味いい。たまにオカルトで語られる「幽霊とかより生きた人間の方が怖い」ってやつの怖さに近い怖さ。怖え。こういう論理が破綻した登場人物の一挙種一同を、町田さんは実に上手く書く。

あと、この田島という男が飼っていた猿、アンジーちゃんの登場がとても個人的に楽しかった。「くっすん大黒」の同収録、「河原のアバラ」に出てきたキキちゃんという猿と重ねてしまう。キキちゃんはうどん屋の厨房を駆けずり回った挙句、グラグラとお湯がたぎる鍋に落ちて「きいっ」と鳴いて死んでしまうのが、こういってはなんだけれども、かわいく愉快で好きだった。トムとジェリーみたいな、。

アンジーは死んだりしないけど、生きたまま読者を楽しませてくれる。
・・・ってんでアンジーが躍動するシーンを引用してみようと思ったりもしたんだけれども、面白いシーンが多すぎて、それらのつながりがあって面白いんであって、引用は極めて困難。強いていうなれば、佐志のシャツの中に入れられたアンジーがそこで小便を垂れる、という一瞬がとてつもなくおもろい。

どうしてこう、町田さんの話の主人公はおしなべて不器用で要領が悪いんだろうか。
美しい。

 

・「屈辱ポンチ
売れないバンドマンは考える。なぜ売れないのか。それはこいつら、他のメンバーが陰気だからだ。ってんで、気の合う浜崎のとこで酒でも飲みなおそう、って浜崎のところへ行ってみると、なにやら様子がおかしい。どうやら、跋丸という男に我を忘れるほどの怒りを覚えているらしく、話の流れで主人公はこの跋丸という素性の知れない男にとにかく復讐するように指示される。相方は浜崎のファンを自称する、ハンイチという頼りない男。果たして、跋丸に復讐することは叶うのであろうか。

 これも流れに翻弄される系の男の話。
ハンイチと共に、跋丸への嫌がらせをもくろむんであるが、どれもこれもパッとしない。無言電話攻撃、無限ファックス地獄、恐怖生肉宅配便。

 こーまかいとこを失念したので、あれなんだけど、結局は主人公が最後に虚無になってオワリ。という感じだった。

 

この話っていうか、短編もののだいたいの話が虚無で終わるような気がする、町田さんの話は。その先、どないすんの?みたいな。
もしかしたらその狂った状態のままで、未来永劫そのままかもしれない。
あるいは、さらに続きがあってさらに狂うのかもしれない。
それは虚無なの?いやある意味、っていうかそれはそのまま虚無かも知れない。


なんだか最近町田さんの本ばかり読みすぎて、似ているような話がたくさんあるなーとそんな思いがかすかに芽生え始めてきていたんどすが、全部虚無に収斂しているという点にあるのかもしれない、とそんなことを思う1月22日は赤口