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暇人のイマジン

書評とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

筒井康隆 「家族八景」

書評 筒井康隆

その昔、ダローネガという馬がいましてなあ。まあ、今も現役なんだけど。特に強くもない馬だったんだが、なんとなく、好きでなあ・・・。平地から障害競争に移っているとのことですが、とにもかくにも無事に引退してほしいですなあ・・・。

そういうことで、七瀬の話を読んだ今日この頃。

家族八景 (新潮文庫)

家族八景 (新潮文庫)

 

 この本が七瀬シリーズのはじまり、なのか?どうも、そうらしい。
にも拘らず、続編のエディプスの恋人から読んでしまったわたしは、どうしたらいいのでしょう。神の河でものめばいいのでせうか。

風呂で半身浴とかいうイマドキ女子にウケのいい、たぶん、行為をしていたら、裏表紙が濡れてしまって、ふやけてしまったというのが個人的な第一印象。
でも風呂で本読むのはええんですよなあ

<あらすじ的な>
テレパスとかいう読心術を先天的に持っている超人・火田七瀬(18・独身)が家政婦・お手伝いさんとして数々の家庭をさすらう、というお話。人間とは怖いもので、表でどんなにいい顔をしていても、裏で何を考えているか分からん。でも、七瀬はテレパスなので、そういう裏の顔も全部分かってしまう。だいたいみんなロクなことを考えていないので、悲惨な結果になる事が多い。

 

読了後。
人間てこええなあ、結婚てこええなあ。と子羊のように震えるばかりですた。
八景、とのことから、8つの家族を渡り歩くんだけども、問題のない家庭なんて皆無。
いや、実際のとこというか、現実の家庭がこんなにも問題を抱えてるか、といえばそれは分からない。真に平穏無事な家庭もあるにはあるんだろうけど、そういう風に見える家庭の裏側を、七瀬はことごとく感応する。
そこから見えるのは、人間たるもの腹の底では何を考えてるか分からないって、その怖さですな。別に家族に限った話ではなく、会社にしろ学校にしろそのほかの集まりにしろ、人間が集うことでそこには多少なりとも摩擦が生じる。そういうのが露呈するのは怖いけど、露呈しないのも怖い。どっちがいいのかって、それは分からないけど、そういうのは怖いよ、おじさんは。
見えない方が、知らない方がいいってことは世の中たくさんあって、これはその最たるもののひとつだと思う。それが見えないということは、ある意味幸せというか安心。

だから、七瀬は大変だったんだろうなあ、とおじさんは思うよ。ついこないだまで女子高生だった少女が、よくもそんな生の感情の濁流に耐えられるもんだ、と感心するばかり。

 

一応、ご家族のあらましをば。
・尾形家「無風地帯」
アットホームが似合う、一見普通の4人家族。その実、父と息子は色狂いで同じ娘としばしば寝る、穴兄弟。娘も遊び人の尻軽女。そして、雑念しか浮かばないぼんやりした母。母だけが唯一の善人であり、他は凶暴性を隠し持っているが、家では誰もが仲良し家族を演じる。しかし、一番の変わり者は母であった。

出だしなので、他の家族と比べるとパンチ弱し。

・神波家「澱の呪縛」
13人家族というワイワイ家族。大家族がところ狭しと住んでいるためか、大雑把で衛生観念が薄い。しかし、そのことから来る汚さが無意識的にこの家族のアイデンティティとなっており、それによって秩序が保たれていた。七瀬が大掃除をしたことでその汚さが露呈し、知らずに秩序を乱された家族が七瀬に敵意の目を向ける。

・川原家「青春讃歌」
エリートの夫と若作りに懸命な妻の二人家族。互いの関係は冷めきっていて、夫は仕事一筋、妻は若者をひっかけて不倫するという、どうしようもない感じ。

・桐生家「水桃蜜」
勤めていた会社の規定改訂により早期退職させられた主人が、家族中から疎まれている桐生家。主人にとっての仕事は彼の「居場所」であったため、それがなくなった今、ぼんやりと無為に過ごす日々。精力のあまりある主人は、「居場所」を確保するため七瀬の体を求めようとする。、が。

・根岸家「紅蓮菩薩」
心理学の助教授をしている夫、とその妻と赤ん坊がいる根岸家。学者肌である夫はエゴの強い人物であり、家庭には関心を寄せずに外で女を作り遊び歩く。妻はそんな夫の行動に気付きながらも、良妻賢母を装うために必死。そんな妻はいつも菩薩のように柔らかいほほえみをたたえていたが、彼女にもついに限界が。菩薩は悪魔となった。

一番ぞっとした話。

・高木家「芝生は緑」
夫が内科医である高木家で使われていたが、ある日隣の市川家に少しの間移ってほしいと言われる。市川家の偵察のためである。高木家と市川家では、互いのパートナーに心惹かれていたのである。隣の芝生は青いはず。そんな思いが両家にはあったが、意外な形で夫婦の愛が強まることになる。

唯一救いある話だった。

・竹村家「日曜画家」
平日は会社員、日曜だけ芸術活動にいそしむという竹村天洲。しかし、彼は極めて俗物臭の強い妻と息子に疎まれ憎まれるほど、自分の世界・芸術を持つ人物であった。彼の抽象的で私欲のない思考は七瀬にはじめての好感を持たせる人物であったが、家の外で垣間見た彼の思考は、やはり欲と色にまみれていた。

・清水家「亡母渇仰」
母が死んで、マザコンである息子がどうしようもない体たらくっぷりを見せる清水家。狡猾な母・恒子にいじめられ、恒子の息子であり自分の夫である信太郎の無理解に悩んでいた幸江は、内心喜ぶ。葬式は信太郎が騒ぐ以外には滞りなく進行するが、七瀬は信じられぬ心の声を聞いた。それは幸江を恨む声。その声の主はー。

 

たいてい、どの家庭でも夫婦のどちらかが愛人を持っていて、不満や憎しみをたたえながらも、相手を思いやるような言動に努める。ほええええ、こええ。
一番怖かったのは、根木家の菊子さんである。

大きく見開かれた菊子の眼が、七瀬を見つめていた。その眼に、何の涙か大粒の露がふくれあがり、頬をつたいはじめた。微笑を浮べたままの菊子の、またたきもせぬその眼から、涙は次つぎに流れ落ちた。不気味さはこの上もなかった。安堵の涙ではない筈だったからである。

                            165ページ

見あげれば紅蓮の炎が赤ん坊を抱いた姿の菊子を包んでいた。炎の中にすっくと立った菊子はあの慈悲の笑みを浮かべたまま、眼だけは大きく見開いて七瀬を見おろしていた。彼女は怒りの中で、おそらくは無意識的にであろう、心に経文を唱え続けていた。

                            166ページ

笑いながら泣くって、こんなに怖いことはない。

 

この本て、昭和50年刊行なんだなー。えらい昔だけど、今も通じるというか、人間の怖さの奥深さを感じる一冊。