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暇人のイマジン

書評とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

町田康 「パンク侍、斬られて候」

書評 町田康

 今年初の町田康であんす。

パンク侍、斬られて候 (角川文庫)

パンク侍、斬られて候 (角川文庫)

 

パンク、という言葉が好きなパンクロッカー・町田さんですが、今回はどんなパンクなのか。ていうか、パンクってなに。ロックとは違うのかえ*1

 

<あらのすじ>
時は江戸。ある日、ある男が剣客に斬り捨てられた。剣客とは、なんかすごい剣客であるという掛十之進。掛によれば、男は腹ふり党の一味であったとのこと。腹ふり党とは新興宗教の団体で、その行いはもはや常人の域を超えており、ほっとくと危ないから斬った。そう掛は自身の行いの正当性を述べる。しかし、腹ふり党なんて本当に存在するのか・・。役人たちはそんなへんてこな団体は聞いたことがなく、疑いが募るばかり。パンク侍・掛十之進は自らの保身のため、東奔西走にして雄弁闊達に江戸の浮世を生きていく。

 

 

読み終わって。
「パンク侍、刺されて候」やんけ。というのがまず第一の感想。感想か、これ。

侍やら候やらてことで、時代小説か、町田さん時代劇好きだもんなあ。というのが第一印象、いわゆるファースト・インプレッションだったけど、これは時代小説ではない。ということが判明。

とするとまず、時代小説ってなんやねん。ということになるが、その定義は知らない。ただ、時代小説と呼ばれるものには、シャブ中とかオッケーとかレストランとかシューアイスといった言葉はまず出てこないはずよ。おそらく。

この辺はもう町田さんのお家芸であって、あっぱれの一言。たのしいなあ。読んでて。
ということで、というのもおかしいけどということで、この本は時代小説っぽいタイトルと登場人物と時代だけど、時代小説ではない。町田康という人間の脳みそにしか存在しない亜空間を文章にした代物。

 

それなりに日数をかけて読んだもので、細かい内容は忘れてしまったが、いつもの町田節というか、思考実験が多々なされており、町田ファンにとっては垂涎を禁じ得ない。世間では、彼の作品としての完成度が高くなってきたことを感じる一冊、らしい。

 

今回、特に気に入った町田節としてはこれ。

「おいおいみんなどうするどうする?いまはちょうど時分時でおまけにこのあたりはレストランが少ないからお客が殺到、大行列になっているぞ。レストランで行列していたらせっかくこうして家族うち揃って行楽に出掛けてきたのに遊ぶ時間が少なくなる。オレはそこいらでパンかなにか買ってこようとおもうのだけれども母さんはどう思う?みんなはどう思う?僕はパンかな?君らはなに?焼きそばパン?それとも寿司がいい?テイクアウト寿司?あれはまずいと父さんは思うよ。人生の先輩として」

                         本文32,3ページ

この段では不言実行は時に役立ち、時に害悪となる。ということを説明するんだけど、焼きそばパンなどという単語を江戸を舞台とする小説で駆使できるのはこれ、町田康以外にいないのではないか、と惚れ惚れとしてしまう。

この優柔不断なお父さんとうんざりする家族の様子が瞼の裏に浮かんでくるようで、かなりファニー。

まあそんな感じで、いつもの妄想が止まるところを知らないお話だけど、内容があるというか、考えさせられる場面もある。権力にへつらう役人の姿とか、保身に走る人間の愚かさとか。

 

話の後半では、「きれぎれ」の雰囲気に似通っているように感じる。具体性、現実性を欠いた抽象的で詩的な世界というか、なんというか。
パンクと腹ふり党がつながる。落ちが冒頭につながっているのも、すっきり爽快。

 

あと、町田作品の好きなところとして、「町田康という作家が執筆中にふと我に返る瞬間」みたいなものを感じる文章がときおりあるところ。今回もあった。

主馬は、なんという有能な猿だろう、と思った。あんな猿に回されて俺は仕合わせだ。その俺に回された猿は仕合わせだっただろうか。外でつまらない奴、無能な奴と思われている奴も家に帰ればその家の主。そのような男を唯一の夫として信頼している妻がいたとしたらその男は妻に無限の哀れを感じるはずだ。でも俺は猿にいいように使われているおのれの不甲斐なさを少しは愧じているんだぜ。誰に言ってるんだ。

                          本文312ページ

誰に言ってるんだ。という締めがなんとも心地よい。
もしかしたら主馬自身に言わせてるのかもしれんけど、こういう登場人物と作者が我に返る瞬間が、なんでか知らんけどおもろいなあ。

 

 

*1:ロックって何?という質問に答えたどっかしらのロックンローラーがいた気がするが、彼の答えは「ロックとは何か。その答えを出すというそのこと自体がダサい。しかし、ダサさこそロック。そう、俺が、俺自身がすでにロックン・ロールなんだよね」というものだった。気がする。意味不明だけど、それもまたロックなのかもしれない。