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暇人のイマジン

書評とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

浅田次郎 「夕映え天使」と「特別な一日」

浅田次郎7冊目。氏の短編小説は初めてとなります。どき。

夕映え天使 (新潮文庫)

夕映え天使 (新潮文庫)

 

 

表紙ですが、「ALWAYS3丁目の夕日」を彷彿とさせる感じ。
ノスタルジイ冷めやらぬ雰囲気ですが、空が赤いのはなんででしょ。
というのも、よく見ると夕日がない。なのに空は真っ赤。
そう思ってみると、少しく終末観のようなものが感じられて空恐ろしくなる。勝手に。

 

中身は全6編からなる短編集です。簡単なあらすじをば。

夕映え天使」
場末のしがない食堂に、ある日突然やってきた謎の女性。住み込みで雇ってくれ、という。訳ありな感じがぷんぷんする身元不明の彼女であったが雇ってみることに。半年ののち忽然と姿を消してしまったが、警察伝いに彼女が自殺したことを聞く。彼女はいったい何者だったのか。

 

「切符」
両親が離婚し、おじいさんとふたりで暮らす小学生のヒロシ。母と最後に別れた時に渡されたのは、母の居場所が書いてある切符だった。おじいさん、下宿の夫婦と暮らす日々の中で「別れ」にヒロシは何を思う。

 

「特別な一日」
本日付けで晴れて退職する高橋部長こと俺。長年勤めあげた会社に来るのも、社のみんなに会うのも、いきつけの飲み屋で一杯ひっかけて帰るのも、今日が最後だ。普通であれば感慨に耽ることだろう。しかし、最後だからと言って特別な一日にはしない。そして、普段通り家に帰り、妻と娘と最後の一日を味わう。なんとしても、特別な一日にするわけにはいかない-。ここまで普通の一日にこだわる究極的な理由とは・・。
この話が一番ぐっときたので下記で詳述します。

 

琥珀
東北のさびれた漁師町にある喫茶店「琥珀」。15年前にこの店の店主となった荒井は、わずかな固定客を相手にしつつ、先に逝った妻に線香ならぬコーヒーを毎日供えては細々と暮らしている。定年を間際に控えた刑事・米田は半強制的に有給休暇を取る羽目になり、ひとり東北へと向かった。大きなホシも挙げてこなかった米田であったが、ここにきてある犯人との邂逅を果たす。

 

「丘の上の白い家」
僕と清田はいわゆるスカラシップだった。金がないから奨学金をもらっていたが、不真面目な僕と品行方正・成績優秀な清田は対照的で、交わることはないと互いに感じつつもどこか近いものを感じていた。そんな僕らが住んでいた町には、場違いな白い家が丘の上に立っていた。それはひとつのシンボルだった。そして、僕らはひょんなことからそのお屋敷に住む女の子と親しくなったのだった。しかし、これは甘く切ない悲劇の始まりだった。

 薄幸、っていうのかな。なんでいい奴ほど早く死んじまうんだろう、と世の不条理をついはかなんでしまう話だった。

「樹海の人」
今は小説家として生計を立てているが、かつては自衛隊にいた私。ある時、富士の樹海でいつ終わるか分からない演習に取り組むことに。うっすらと生死の境をさまよう中、私はある不思議な現象に立ち会うことになった。浅田自身の経験を題材にして書いていると思われるちょっぴりSF要素のあるお話。

 

 

・「特別な一日」について

物語終盤から一気に事情が理解できる。ああ、そういうことか、と。そして、2回目読んでみると、登場人物の言動がすんなりと腑に落ちる。同じ状況に立たされた時、僕はその日を特別な一日にしないことができるだろうか。分からない。
今年読んだ短編の中では随一のインパクトがあった。

 

ネタバレです。

 

 

 

 

よく、「明日死ぬとしたら、今日何する?」という例えを耳にする。
答えは色々あると思うが、まず間違いなく誰一人心の底からこの問いには向き合っていない。ていうか、それが自然だ。明日も変わらず東からは太陽が昇り、夜には月が顔を出すのだから。そうして月日は巡って、年を取っていくのだと決まっているのだから。

この問いに真摯に向き合うには、相当の追い詰められた状況と精神力を必要とする。
そして、この話はこの問いに真摯に向き合った人々の物語である。

 

太陽に地球が飲み込まれる日が来た。物語の冒頭はこうである。

この日が来ることはわかっていた。
やがてわが身に訪れる既定の未来を、いくら呑気者の俺でも信じていなかったわけではない。避けがたい宿命であっても受容できなかった。

                           本文95ページ 

この2文がどれほどの意味を持っていたかを、一度目読んだときはまったく意に介さなかった。定年を迎える日か、確かに色々思うことはあるんだろうな。くらいにしか思っていなかった。とてつもなく示唆的な冒頭だった。

最期の一日として再読すると、登場人物の言動に一言では語れないものがあることに気付く。

「部長。そういうことはもうちょっと早く言ってくれなきゃ」
「そうだな」と、俺も苦笑を返した。

                  部下中島とのやり取り 96ページ

 

「どうして俺なんだよお」
もうひとつ気付いたことがある。あいつは責任感が強い。

  同期で社長になった若月が会社に残って叫び声をあげる 116ページ

 

「きょうってきょうは、閉めるわけないでしょうに。長い間ありがとうございました」

             いきつけの飲み屋のおかみさん 119ページ

 

<勝手なことをしてゴメン。社会人になったら自分のことより会社のことを考えろ、とオヤジは言っていた。結婚したなら自分のことより家族のことを考えろ、と言っていた。だから勘弁してください。女房子供の意思を尊重して、休暇は前橋で過ごしています。おつかれさまでした。心から感謝しています。>

              息子・翔太からのメール 129,30ページ

 

西荻窪の駅前のいつに変わらぬたたずまいが、俺にはふしぎでならなかった。
コーヒー・ショップは明るい光を灯もしており、タクシーは暇そうに客を待っており、路線バスの運転手は腕時計を気にしていた。どこも、何も、変わってはいなかった。

                            139ページ

 

「ただいま」
さして考えるでもなく口にしたとたん、ああこれが最後の帰宅宣言だと気付いた。だったら今少しおごそかに言えばよかった。

                            143ページ

 

「別にガーデニングを続けるつもりじゃないの。人事をつくして天命を待つってやつ。つまりですね、このまま気温が下がるといったんすぼんで、それから一気に熱が加われば、蕾までがいっぺんに開くはずなの。きっとすごいわよお。今からワクワクするわ」
「一瞬じゃないのか」
「そうね。たぶん、一瞬。でも一瞬っていう尺度はすこぶる曖昧ですね。一瞬をすなわち永遠とする尺度があってもいい。うまいことを考えたと思うんだけどなあ」

                        146,7ページ一部略

 

「セイちゃんはすごくやさしい人なんだよ。おとうさんとおかあさんのところにいなさいって言ってくれたの。でも、セイちゃんはひとりぽっちなんだ。ずっとひとりで生きてきたから、きょうもひとりのほうがいいって言ってたけど、そんなはずはないと思う。きのうさよならしてから、ずうっと考えてた。私、セイちゃんのお嫁さんになりたいです。」

                娘・沙織の最期のことば 155ページ

 

 とてつもない人々である。出てくる人みんながみんな、定められた運命をしかと目に据え、最期の一日と対峙して、健気にその時を待っている。

 

すごいなあ、と幼稚に感心してしまう。
誰一人取り乱すことなく、静かにその時を待っているんだもの。
まあ、3年前に今回の未曽有の事態が決定的に予告されたとあるので、3年間は色々と考え、整理する時間があったのだろうけど。

 

この3年間で人類は大きな飛躍を遂げた、とある。
核兵器の完全廃棄。地球環境に対する全世界の意思統一。発展途上国への無償援助。死刑制度の全廃。各国軍事力の、災害における即時無条件救援。などなど。そして総理大臣はこう語る。

われわれはついに私欲を去り煩悩を去って、父祖がかくあれかしと望んだ理想社会を、ここに実現いたしました。

                          本文151ページ 

 もはや、争っている余裕などなかったのだろうと思う。
すべてが無に帰すと悟った時になって初めて、人は心の底から私欲を捨て、周囲との調和に努めるようになるんですねえ。

もし、もしも現実に3年後に地球がなくなるとしたら、イスラム国は侵略をやめるんだろうか。北朝鮮核兵器を放棄するんだろうか。環境破壊は止まるんだろうか。貧困はなくなるんだろうか。世界中の紛争はなくなるんだろうか。犯罪はなくなるんだろうか。
憎しみはなくなるんだろうか。
人は他人を考えるようになるんだろうか。
人は手に手をとるようになるんだろうか。
なるべく、人類全体として安らかになることを望むんだろうか。
分からない。
分からないけど、浅田次郎はひとつの可能性を示してくれた。哀しい可能性ではあるけども。

 

まだまだ言語化できていないのがもどかしいけれども、とにかくものすごい話だと思う。

 

もしかしたら、表紙にただよう終末観は「夕映え天使」ではなくこの話を暗示しているのではないかな。そう思うと、震える表紙である。なんともまあ、怖いくらいに示唆的な表紙だこと。

 

お話としては他に、丘の上の白い家が好きでした。
いい一冊!