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暇人のイマジン

書評とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

黒柳徹子・岩合光昭 「パンダ通」

町田康の「猫にかまけて」という猫にまつわるエッセイを読み、動物モノは思ってたより面白いことに気付き、秋葉原の古本屋で見つけたのがこの本。

その名も「パンダ通」。読むだけでパンダ通、とまではいかないが今よりももっとパンダ好きになれる気がしたので(別にパンダ好きになりたかったわけではないんだけれども)、レジのお姉さんにお金を払った。

 

パンダ通 (朝日新書 73)

パンダ通 (朝日新書 73)

 


すごい。なにがて、この本でブログを書いている人が13人もいるという事実がすごい。
若干、舐めていた。パンダをというか、黒柳徹子が書いた本をというか。それとも、パンダ×黒柳徹子、という組み合わせにどことなく魅力があるのか。
突然深まる謎に、おののくわたし。

表紙は何の変哲もなく、ザ新書!て感じだが、裏には若き日の黒柳徹子と宇宙飛行士みたいに写っている岩合光昭さん(動物写真家)の写真がある。黒柳徹子のその若々しさには、「肩書・女優」というのもうんうん頷いてしまう美貌が見て取れる。きゃ。

 

 

読了感。
エッセイというか、黒柳徹子が語るパンダの思い出集。そな感じ。
町田康とその猫、のように深い洞察・考察があるわけではなく、ただひたすらに黒柳徹子がいかにパンダ好きか?!ということが延々と語られる。
この本を読んで、パンダ通になれるかといえば、おそらくなれない。
パンダ好きな黒柳徹子通、にはなれるかもしれないが。

ただ、パンダ研究家を名乗っているだけあって、黒柳徹子のパンダへの想いはマジなんだ・・・。とその想いの強さには恐れ入る。
パンダに関する知識は一般人とは比べ物にならない。
パンダの歴史的な伝播体系・ルーツや、パンダという名前の由来、パンダがいかにして人々のハートをつかむ動物となったか、などなど。
へえ、そうなんや。とふんふん楽しく読み進められる。

また、これほどのパンダ好きということが昇華されたのか、黒柳徹子はパンダと色々なレアな経験をしている。パンダを中国から世界中に広め、保護していくようになったいきさつなどは、当事者として語っているため、けっこう面白い。


そして何より、ひとつの動物について一人で何章にも分けて書いたもの、というのはなんだかんだすごい。並の好きさでは本にまとめようとはしないだろうし、そもそもそんなに書くことがない。
黒柳徹子のパンダ好きはホンモノなんですのよ。
パンダの目線に立った語り口調とか、パンダの未来に言及するとことか、何かを純粋に好きになるってこういうことなのか、と思ったりもした。

 

 

本の後半では、黒柳徹子岩合光昭さんの対談になっているんだけど、この岩合さんという人が撮ったパンダの写真がたくさん掲載されているのも、この本のいいところ。
野生のパンダというのはすごく警戒心が強いので、なかなか写真に収めることができないらしいが、この岩合さんはその撮影に成功している凄腕カメラマンなのである!

そんなことより、あかん、パンダかわいいわ。
なんであんな綺麗に白黒分かれてんだろうか。
黒柳徹子が何度も「生きたぬいぐるみみたい」とパンダを表現するんだけど、本当にぬいぐるみみたい。そのままディズニーランドに置いておいても何ら違和感のないファンシーさを、パンダはその身体に宿している。

パンダ好きになってきただ。

 

パンダって、「大熊猫」って漢字では表記するらしくて、熊っぽいけど熊の種類ではないらしい。かといって猫でもなくて、どちらかといえばレッサーパンダとかに属するらしい。レッサーパンダって名前が既にパンダパンダしてて、ややこしいけど。
とにかく、体は大きいものの熊のような凶暴性はまずないんだとさ。

そんなだから性格も温和で、ただひたすら眠っては笹をボリボリと食べているらしい。
きゃわいい。きゃわいいよ、パンダ。

 

と、こんな感じにいつの間にかパンダ好きになってしまうのが、本書の恐ろしいところである。黒柳徹子もパンダ研究家冥利に尽きる、といったところだろう。
この本を読んでもパンダ通にはなれないが、とりあえずパンダを実際に見に行きたくなってしまう。ともすると、その想いはパンダ通への一歩目となるのかもしれない。
そして、たぶんパンダを見に行ったら、それはそれはいい一日になるだろう。
なんか、そういう想像をさせてくれたというだけで、けっこういい本だったなあと思う。


あと、黒柳徹子っていろいろやってんだなあ、と自分の中の黒柳徹子の人物像がひとつ豊かになるのも隠れポイント。

 

PS:こんなに「黒柳徹子」という単語を多用する日は、もう一生来ないと思うのであった。