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暇人のイマジン

書評とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

椎名誠 「ずんが島漂流記」

「なあ。だからおまえたちも、いつまでもこの島のまわりにうろうろしているんじゃなくて、いつかもっと大きな海へ行ってみろ」

                 タルデワカシの言葉 本文30ページ

 

椎名誠
大学生の頃、ゼミの教授に「ちゃんと書くと君の文章は椎名誠っぽい」と言われたことがあり、それから勝手にシンパシーを感じている作家さん。悪い気はしないのですが、畏れ多いことはこの上ない。そして似ている気が全くしない。

何はともあれ、椎名誠の少しくホニャララとした雰囲気は好き。

ずんが島漂流記 (文春文庫)

ずんが島漂流記 (文春文庫)

 

 パッと見、何が書いてあるんだか・・・となる表紙。
しかしよく見てみると、荒れた海に浮かぶ一隻の舟。漂流する前なのか。

ところで、椎名誠著作の挿絵は、沢野ひとしという友人同然の人がほとんど描いているらしく(何かのエッセイでそんな話を読んだ記憶が。もしかしたら間違ってるかも)、多くの作品でこの人の絵を見る気がする。
椎名誠の雰囲気に合ったほわほわした絵を描くので、椎名誠の本はそのマッチングがけっこう心地よい。

 

<あらすじ>
僕のおじいさん・椎名総之助はよく自分の昔話をしてくれた。中でもとりわけ面白かったのは、おじいさんが昔住んでいたある南国の島での暮らしの話。村で平穏な暮らしをしていたおじいさんと友人はある日、村の祈祷師から遥か彼方にある島の「歩く魚」の話を聞いたという。そして、まだ見ぬ新天地を目指して、少年少女の大航海が始まった。見知らぬ島に見知らぬ民族・・・若者の世界は広がるばかりであった。

 

ネタバレアルネ。

 

 

読了感。
人が死んだり、愛の逃亡劇があったりするわけでなく、事件性のあることは起こらずに淡々と物語が進んでいくので、ミステリーとかSFとかを好む人には少しく退屈かもしれない。
ただ、未開っちゅうかな、プリミティブというか、一般的な現代日本にいるとなかなか味わえない現代文明から離れた島の原生活を追体験できるのが、この話の一番のいいところであると思う。思た。

 

ゲンゲの海にいるという「歩く魚」「飛ぶ人」の正体をつきとめ、無事フンデロッテ島に帰ってくるのが物語の目的でありゴールなのだが、個人的には、その前段階のフンデロッテ島からイカダで出発するくだりとか、途中の無人島でサバイバル生活をする辺りが面白かった。

 

できなかったことができるようになっていく。
格好つけていえば、進化の手応えとでもいうべき感動が、フンデロッテの出発と無人島にはある。
砕けていえばこれ、ドラゴンクエストさながらである。
あるいはエッセンスとしてのインディージョーンズ冒険ダン吉

 

てなことで、フンデロッテ。
村の長老的な存在のタルデワカシから、彼が若い頃に訪れたという遠く離れた海の話を聞く。そこで人々は木を食し、「歩く魚」や「飛ぶ人」なるものがいるという。
「魚が歩く?そんなわけはないだろう。いや、もしかしたら遠い国にはいてもおかしくないのかもしれない。もしくは魚ではなく、何かの例えなのではないか・・・。」
主人公たちの心境としてはそんな感じだろう。

長老から伝説級の話を聞き、若者は村を出ていく。
ドラゴンクエストそのものではあるまいかよ。ホイミ
あるいはインディージョーンズの要素も。

そんでもって、仲間(ノケこと総之助、カポ、ネギー、ターラの4人)はそれぞれ旅の準備を始める。
ノケは食料として豚をしとめて干し肉に。
カポは舟を調達。ネギーはタルデワカシの相手をして情報収集。ターラはなんだっけ、ターラもなんかやってた。
とりあえず、物語は第2章にして大きく躍動し始める。

 

そんでもって、嵐を乗り越えてなんとか島にたどり着く4人。
ただ、この島が無人島だったわけで、ガス・水道・電気はもちろんのこと、家もなければ、食べられるものも分からない。そんな状況。使えるもの、食えるものをコツコツと模索していくわけである。

湧き水を見つける。
食べられる木の実を見つける。
木を削って銛を作る。
海岸に流れ着いたガラクタを利用して、生活水準を上げる。

人類が長いことかけて培ってきた生活の術、というか生きる知恵が物語の中盤には詰まっている。
自然の中におけるこうした人間社会の強化・発展は、人類の驚異的な能力とそれに伴う快感を覚える。できなかったことができるようになる。それは自然に気持ちがいいことなんだなあ。多分よ。

映画「君の名は。」に埋もれてしまった映画「レッドタートル」や、未来少年コナンでも無人島で自給自足の生活を営み始める描写があるけど、心惹かれるというかなにかしら感じるものがあるのは、なんでなんだろか。開拓は気持ちいいんだろうか。
僕らにもまだクロマニヨン人の血が少しく流れている、ちうことだろうか。

 

とにもかくにも、ドラゴンクエストのように物語が始まり、開拓者精神にあふれてるところが、この物語の魅力のひとつ。だと思ふ。るるる。

 


あと細かな面白さとしては、名称がファニー。
マンブケー(竹)とか、キトキト(湧き水)とか、モケー(先端がYの字形になった長い果実取りの棒)とか、イネレ(ハナサキイルカ)とか、マ・ケマ・ケマ(正体不明の怪物)とか。
部族ぽいというか、トロピカリィというか、陽気な雰囲気がプンプンする。
マ・ケマ・ケマのロマンの詰まり方はハンパナス。

こういう名前を考えるのって、作者だけに許された特権的な楽しみですな。

 

序盤・中盤にかけて面白い、つうことで書いてきたけど、目的の島についてからも面白い。
戦争中の敵と間違われて一旦は捕縛されるとことか、
現地の言葉が分からずに右往左往するとことか、
道の技術を見よう見まねで習得するとことか、
なんだかんだで貿易をはじめちゃうとことか。とことか。
このへんは冒険ダン吉のエッセンス。

欧米列強が世界各地に冒険家を派遣していた頃、つまり中世の紀行文に似た雰囲気がある。
中世の紀行文読んだことないけど、そんなイメージ。
これも一種のロマン。

 

 

そんなわけで、色々とロマンが詰まった一冊であり、タルデワカシの一言にそのロマンが集約されているのでした。

 

追記:けっこうリアル。
「この物語は、ぼくがおじいさんから聞いた話をもとにしています。」という一文で始まるこのお話。その語りはあまりにも現実味があったので、僕は本当にあった話かと思って最後まで読んでしまった。
お話の締めくくりも大きなどんでん返しやドラマがあるわけでもなかったので、余計にリアリティを感じた。
現実にあるようでない話、ないようである話。その曖昧なバランスを上手いこと操っていた。現実に限りなく近づいた小説というのは、けっこう凄いと思う。