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暇人のイマジン

書評とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

メロンパン味のアイスを食して

書評 よしなし

ほほ、こないだの話。
こないだ、って言ってもつい20分くらい前のことなんだけど。
いきなり脱線するのだが「こないだ」といえば、高校の時に部活のキャプテンが、「こないださぁ・・・」って話を始めたと思ったら、5年前の話をし始めるという珍事があったことを思い出す。
「こないだ」の時間的概念はひとそれぞれであるのよね。

 

そんでもって20分前に何があったのかという話ですが、ガリガリ君というかの有名なアイスキャンデーを食べた。何味かて、それはメロンパン味という味。メロンパン味てなんやねん。
メロン味、分かる。メロンの味がするパン、まあ分かる。
メロンパンの味がするアイス、分からん。食い物の名前が味になるて、そんなけったいなことがあるものだろうか。

しかし、事実は小説より奇なりということもあって、そんな不可思議なことがまかり通るのが、浮世の辛い所ではある。

 

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別にメロンパン味のアイスを食べたかったわけではないのだがこれ、他に食べるものが特になかったので、これを食べる以外の選択肢がなかったという哀しい理由があるのです。
しかも聞くところによると、このアイスは見た目、名称が珍しく、悔しいことに興味はそそられてしまうものの別段自分で食べてみたいとは思わない、それなら親父に食わせればよかろう、親父はまあなんでも食べるし、という母と姉の画策によって購入されたというのである。親父が不憫でならない。

 

そんな家庭の台所事情、親父の犠牲となることが相まって、このメロンパン味の氷菓子を食うに至った。

 

食べる前に考えてみると、このメロンパン味の氷菓子、意外と悪くもないのではないか、とさえ思えてきた。当のメロンパンだって、別にメロンの味がするわけではない。メロン味のかき氷もメロンの味がするわけではない。なのに、それを美味しい美味しいといって食べる私たち。
とすると、別にメロンパンやメロンかき氷にメロンの味を期待するわけではなく、それそのままの味を楽しんでいるということになる。つまり、メロンパンもメロンかき氷も確固として独立した味の食べ物、ということになる。

ということは、このメロンパン味のアイスも、その独自に確立された味を楽しめばいいのではないかしらん、と天啓が舞い降りた。

 

 

そこでおもむろに袋を開ける。匂いを嗅いでみるとこれ、パンの匂いがする。パンの匂いがするアイスて。イースト菌ていうのかな、発酵した何物か、みたいな。少し感動した。

少しかじる。うーむ。メロンパンの味がするような、しないような。ていうか、メロンパンてどんな味だっけ。
と、メロンパンのアイデンティティクライシスを迎えたが、吐き気を催すほど不味いわけではない。食える。いや、人によっては病みつくのではないか。そな感じ。

 

中はよく分からない味だった。メロンパン味のアイス味、とでもいえばいいのかもしれない。不味くはない。
中にはパンのようなものと思しきクッキーのような何か、小麦粉でできたような何かが入っていた。ビスケットアイスのアイスが少し溶けて、柔らかくなったようなそんな塊。

 

食べ終わった感想としては、メロンパンの味を図らずも忘れてしまうほど独立した味ではあるが、そこまで不味くはないので、食べてみてもよいかもしれない。そな感じ。
でもアイス食べたい、と思ったとして再度このアイスを手に取ることはない。だろう。

ということは、今日のこの食事がこのアイスとの今生の別れだったということになる。
なんの感慨もなく食事を終えてしまったが、ちょっとアイスに対して僕はドライすぎたのではないか。ドライアイスだよ、僕は・・・。

 

そう考えてみると、一度にして今生の別れとなる食べ物って意外と多いんじゃないか、と思えてきた。

土産物屋とかで買うつもりもないけど試食するやつとか。
「ふーん、梅じゃこね。美味しいじゃない。でも買うまではいかんかな」
「あら、ゆず昆布だって。美味しいじゃない。でも買うまではいかんかな」

そんな風にして、僕は試食したいだけ試食して、やつらの好意をつまむようにして貪っていたのである。そんないい加減なうすっぺらいやり取りをして、僕は僕とそれらの食べ物の糸を断ち切ってきた。

今現在、自分でこの記事を書いてて、だからなんやねん、と別の自分が左後ろナナメくらいのところで囁くのであるが、ここまで書いてしまった時間と労力がもったいないので最後まで書く。

 

だからなんやねんというのは分かるけれども、やっぱり今生の別れというからには、それなりの態度でお互いいるべきなんじゃなかろうか。
別に手紙を書くわけでもなく、固い握手を交わすこともなかろうが、「これが最後なんじゃな・・もう二度とこの味は味わえんのじゃな」と一方的に思って食べたほうが、その食べ物冥利に尽きる、ということもあるんではなかろうかね。

かといって、全ての食べ物に対していちいちこのような思いを抱いていたら、にっちもさっちもいかないのであまり現実的ではない、ていうか全く現実的ではない。
それでも、たまーに、一生に5回くらいは食べ物と今生の別れの意思疎通をしてみるのも、それはそれでひとつの生き方なんじゃないかと、25年目にして僕は思うわけでありまして。

図らずもその5回のうちの1回が、このメロンパン味のアイスに機会消費されたことはなんともいいがたいが、僕はこのメロンパン味のアイスを未来永劫忘れない。
それだけが、このアイスに対する僕のせめてもの供養である。