光る水面のドブイナジー

書評とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

浅田次郎 「プリズンホテル 春」

ホイホイ。

長らく楽しませてくれたプリズンホテルもクライマックスです。

プリズンホテル〈4〉春 (集英社文庫)

プリズンホテル〈4〉春 (集英社文庫)

 

 桜がきれい。

 

<あらすじ、というか要約というか。>
厳しい冬を越え、プリズンホテルにも春が訪れる。

清子と結婚し、人生の春を迎えていた孝之介に更なる幸運が舞い込んだ。文壇最高峰の権威とされる「日本文芸大賞」に作品がノミネートされたのである。この吉報に孝之介の周囲は湧き上がるが、当の孝之介はなんだか浮かない顔。継母・富江の姿が忽然と消えてしまったのである。いつもそばにいた富江の姿がないことに戸惑いつつも、孝之介はプリズンホテルで受賞結果を待つことに。果たして、孝之介は日本文芸大賞受賞となるのか、そして富江の行方は-。

プリズンホテルには今宵も個性豊かなお客人が集う。懲役50余年の務めを果たした老博徒や借金にまみれた職人、演劇の世界に生きる母娘に作家志望のしがない教師、そして孝之介を取り巻く編集者たち。
それぞれ過去に抱えたわだかまりは、このホテルで洗い流され、やがてまた歩き出す。

義理・人情に溢れた奥湯元あじさいホテルにおける四季を通じた大ツアー、これにて閉幕。

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読了感としては、うーん面白かった!プリズンホテルありがとう!という幼稚なものしかとりあえず出てきませんが、ある意味純粋な感想と言えるかもしれません。

 

構成がうんたら、ということは言えないので例によって人物に焦点を当てて振り返りたいなと。

 

まず、梶と服部の師弟関係がフィナーレを迎えましたね。

古巣・クラウンホテルのグランシェフに抜擢されようとしている服部。しかし、服部は梶と出会ったことで己の未熟さを思い知り、依然として梶から料理人としての在り方を学ぼうとする。腕も確かで、目の前に道が開かれているというのに踏み出そうとしない服部を追い出すような形で梶が放った一言が胸に刺さりました。

「服部、てめえ何をしていやがる」
「何って、山菜を摘んできました」
腰の籠から掴み出したフキノトウを、板長は平手で叩き落とした。
「そんなことァ、てめえのすることじゃなかろうが!」
「そんなこと、って・・・」
呆然とするシェフを、板長は身を慄わせて怒鳴りつけた。

「何べん言ったらわかる!いつまでもこんなところにウロウロするんじゃねえ。クラウンに帰れ、帰れったら、帰れ!」

怒りながら、板長は涙をこぼした。いや、怒っているのではない。服部シェフは板長の夢そのものなのだ。きっとそうにちがいない、とゴンザレスは思った。

                      本文329、30ページより 

 

梶と服部の出会ってから、色々なことがあったなあ・・・と思わず回想してしまいました。
虚偽の食中毒の責任をかぶせられてプリズンホテルにやってきた服部。
洋食に誇りを持つ服部と、長年板場を仕切ってきた梶との衝突。
梶は服部の腕を認め、服部はそれ以上に梶の料理人としての偉大さを認め、和解?に落ち着いた夏。

秋には、警察と極道がひとところに集まった大宴会で、フォンデュを提案する服部に悪態をつく梶。そして騒ぎではテーブルの下に隠れる二人。
服部の用意したフォンデュ鍋がゴンザレスの頭に当たって、ゴンザレスノックアウト。ゴンチャン・・・。

冬では、登山クラブを作り、登山の格好をして天才登山家に教えを請いに向かう二人。
いつもは献立で競り合うのに、気が引けて譲り合う姿が微笑ましい。


そして、春。クラウンホテルへの移籍が決まり、ホテルを去る服部が厨房に挨拶に行くシーン。

「じゃあ、行きます・・・」

一晩中考え続けていたお礼の言葉は何ひとつ声にならなかった。教え示されたことが、余りにも多すぎた。頭を垂れながら服部は、ただ、この人のようになりたいと思った。

俎を拭うと、板長は思いついたように玉葱を刻み始めた。天窓からさしこむ春の光が、老いた調理人の影を清潔な床に曳いていた。涙を拭いながら、板長は黙々と玉葱を刻み続けた。

「板長、オレ・・・うまいメシ、作ります」
口にすることのできた感謝の言葉は、それだけだった。いや、そのことだけをこの人は教えてくれたのだ。

-略

「構えるな、服部。料理は理屈じゃねえぞ。おめえが昔、おやじや兄弟たちにこさえてやったような料理を、天皇陛下にも大統領にもたんと食わしてやるんだ。それができるのはおめえだけだ。だからこそおめえは-」

板長の頬を、信じがたい涙が伝った。

「それでこそおめえは、天下の料理人だ。天下の・・・総料理長(グランシェフ)だ」

                         本文380、1ページ

うおおおお、梶料理長!!言葉になりません。玉葱で涙をカモフラージュするあたりも余計泣かせる。

そして最後に、伝家の宝刀的な包丁・千代鶴是秀を譲り受ける服部。
イタリア料理の漫画「バンビーノ」でも、厨房を去りゆく香取から伴が包丁を受け取るシーンがありました。

料理人にとって包丁は魂の宿るもので、これすなはち、包丁の継承というのは意思の伝承ということなのでしょう。

 

 

それから孝之介、荻原みどりのやり取りもとても示唆的なものです。

「なあオギワラ。俺の本心を教えてやろうか。誰にも言うなよ」
「はい、言いません」
「雄弁社に書いた<哀愁のカルボナーラ>はな、まがいものだ」
「え?-まがいもの、って」
「ニセモノだよ。俺は賞が欲しくってあれを書いた。過去の受賞作品の傾向を分析して、狙い書きをしたんだ。そんなもの、何の値打ちもないさ」

みどりは衝撃を受けた。決して笑わぬ真顔のまま、先生は続けた。

「みんながいい小説だと思うだろう。だが、それだけのものさ。一晩たてば忘れちまう。読者の人生観も世界観も、何も変えない」
「そんなことないですよ。あれは掛け値なしの傑作です」
「いや、本人が言うんだから間違いないさ。俺自身が認める傑作はな-」

みどりはきつく目をつむった。耳もふさいでしまいたい気持ちだった。

「おまえが俺に書かせた、<仁義の黄昏>だ」
二人を乗せたベンチが、星空のきわみに浮き揚がって行くような気がした。

「あれは下品な小説だけれども、嘘がない。俺の魂そのものだ。読む人が読めば、その感動は<哀愁のカルボナーラ>の比じゃない。立派に読者の世界観を変える」

                       本文266、7ページより

世間的には大手の日本雄弁社が手がけた<哀愁のカルボナーラ>が受賞すると誰もが予想していましたが、結果的に受賞したのはオギワラが心底陶酔して、自らの命さえも捨てる覚悟で臨んだ<仁義の黄昏>でした。

 

考えてみると、木戸孝之介と作者・浅田次郎は少し似てるところがありますよね。
偏屈で乱暴な性格はさておき、幼少期に両親が別れ、極道もので小説家デビューするもその方向だけではいかんと思って、他のジャンルの小説に挑戦する。

自分の姿を孝之介になぞらえ、心機一転、浅田次郎が小説家としての可能性を拡げたのが、このプリズンホテルでした(と話していたのを何かで読んだような気がします)。

代表作となるも、何らかの賞を受賞していないところも一致しています(これは結果論ですが)。

 

・・・ということは、この「プリズンホテル」は孝之介的には<哀愁のカルボナーラ>であり、「きんぴか」や「とられてたまるか!」が<仁義の黄昏>ということになりそうですが、「プリズンホテル」だって孝之介の言う”傑作”だと思うわけでありまして。なんとも複雑で矛盾しているようで、かたじけないのですが。

 

人生観や世界観が変貌するまではなかったにせよ、感情を揺さぶられ、ある思いは改まり、ある思いは強まることと相成りました。
一晩たっても、二晩たっても、おそらく幾何の四季を通り越しても、このホテルでの一年を忘れることはなかろうかと、かように思うわけであります。

 

 

なんか図らずもまとめっぽくなったのでこのまま締めくくりたいと思いますが、実に魅力的な登場人物と展開、結末で、この本を手に取って本当に良かったと思います。

あとがきにも浅田次郎の想いがこもっているように、作者にとっても特に思い入れのある作品なのでしょう。

最後が繁とさくらの組み合わせだったのが少し意外でしたが、新たな時代、と考えるとよい終わり方だったのかなとも思ったり。満開の桜の描写が印象的ですが、夏に始まって春に終わる理由はここにあったんですね。

 

シリーズ全編にわたって表紙にあった花札の絵柄が、小俣弥一と楠堀の花札勝負にかけられているのも美しかった。

 

他にもいろいろ心に留まったお話はありましたが、長くなるのでこの辺で・・。

いや、いいお話でした。

 

PS:ゴンザレスのますますのご健勝をお祈り申し上げます。