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暇人のイマジン

書評とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

浅田次郎 「プリズンホテル 冬」

シリーズ3冊目。プリズンホテルにもが来ました。

逸話としては、どこぞのホテルに1週間カンヅメになって書き上げたらしいです。夏、秋に比べるとお話がシンプルにまとまり、短い感じもしましたが、1週間でこれ書き上げたんですね。スゴイ。

 

プリズンホテル〈3〉冬 (集英社文庫)

プリズンホテル〈3〉冬 (集英社文庫)

 

ヨッシーアイランドに出てくるような形をした山っぽいのが並んでますがこれ、花札の松の絵柄。ここにきて気づいたのが、夏と秋の表紙も花札の季節に準じている所。ね。雅ですなあ。

この花札は、最終的に春の章でちょっと関連してて、その伏線・構成が美しい。 

 

あらすじ

偏屈な一流作家・木戸孝之介を訪ねてきたのは、彼の代表作「仁義の黄昏」の担当編集者・荻原みどり。続編を書かせなければクビ、という危機にある荻原を振り切るため、孝之介はいつものホテルに身を隠すことに。

その頃、すっかり雪に包まれたプリズンホテルには、またもワケありのお客人が集いに集った。「血まみれのマリア」の異名を持ち医療の最前線で患者を救い続ける看護婦、患者を安楽死させたことで物議を醸した医者、死と隣り合わせの天才登山家に自殺志願の中学生。生と死をめぐり、人々の思いは錯綜し、交差し、やがて安堵する。プリズンホテルの深い人間愛は、凍てつく冬でも人々を暖かく包み込む。

さらに、偏屈な孝之介の心境にもある大きな変化が訪れる。

物語はシリーズの終結へ向けて少しずつ動き始めた。

 

 

読了感としては、たいして大きな事件が起こるわけでもなく、比較的淡々と物語が進んでいく感じです。でも、春にかけての重要な展開があり、シリーズの中でも大切な部分といえるかもしれない。

そな感じ。

 

 

毎度のことですが、やはり花沢親子と黒田の関係に目を見張ってしまうわたし。

色んな極道が出てきますが、この黒田旭という男がとても好きですなー。
孝之介の母と駆け落ちしたことで孝之介とは因果な関係にあるおっさんですが、夜な夜な慣れないパソコンに向かってホテル経営を取り仕切り、ゴンザレスや花沢支配人とコミカルな会話をするその姿に、微笑みを断じえない。

学がないから、といってたくさんの本を読んでその話を元に子分を教え諭したり、それを鼻にかけない謙虚な心も持ち合わせている。

 

「コケ?いや、そんなのじゃない。僕は君を尊敬しているんだ」
「冗談はやめてくんねえ。俺が支配人に尊敬されるとしたら、腕っぷしと声のでかさだけだ」

「そうかなあ」と、支配人はコンピューターのキーを叩きかけて、ふと手を止めた。

「いや、やっぱりちがうな。僕は二十何年もホテルマンをやっていて、部下にそういう精神教育をしたことはただの一度もなかった。いつも叱言ばかり言って、実務を教えるだけだった。君は組織を率いる力があるし、それだけの努力も怠らない」

「そりゃまあ、一応はこれでも木戸組のカシラでござんすからね」

「そればかりじゃないさ。親の僕がどうやっても更生させられなかった不肖のセガレを、君はいとも簡単に改心させてしまった。いったい何とお礼を言っていいのかもわからない」

「支配人さん。あんたセガレのこと、叱ったことがねえでしょう」
「そんなことはないさ。叱りっぱなし、怒鳴りっぱなしで十七年だ」
「いやいや、叱っちゃいねえ。怒鳴ってもいねえ。仮にそうだったとしても、あんたはホテルの従業員にそうするみてえに叱言を言ってただけだ。シゲの野郎はね、十七年の間、叱られるのを待っていたんです。ぶん殴られるのをね、頬っぺた差し出して待ってやがったんですよ」

                       本文103,4ページより

暴力礼賛じゃないんですが、時には河原での番長の決闘のように力に頼ることも人間同士の付き合いには必要なのかね、ってところでしょうか。

また長くなっちゃうんであれですが、人の在り方に関して、たくさんの示唆を残してくれる存在。それが黒田旭と花沢親子です。

シゲは順調に更生しているようでなにより。

 

 

あとは、「人間の生と死」がこの章のひとつのテーマになってましたね。

看護婦として命を救う看護婦・阿部まりあと、「尊厳死」を以て患者に安らかな最期を与える終末医療の専門医・平岡。

山に友を奪われ、今は独りで命を懸けて登山を続ける天才クライマー・武藤嶽男と、死にたがりの中学生・太郎。

そして、孝之介と生き埋めにされた清子。

 

うーん、こんな人間にとって永遠のテーマともいえることに関して、こんなブログで言えることは何もありはしませんが、色々と考えさせられます。
あ、あと荻原の瀕死もあった。

 

 

武藤の話は読んでいて、次郎仲間(というのがあるかは知らんが)の新田次郎が書いた「孤高の人」を少し思い出しました。

孤高の人〈上〉 (新潮文庫)

孤高の人〈上〉 (新潮文庫)

 

 孤高の人加藤文太郎も山で亡くなってしまいましたが、武藤もいつか山で果てる日が来るんだろうか・・・。

よく、「なぜ私が山に登るのか、それは目の前に山があるからだ」という誰が言ったんだかよく分からない名台詞がありますが、それに関しても浅田さんは武藤の姿を通して見解を寄せていますね。

「そんなことになっても、まだ山に登るんですか?死ぬのが怖くはないんですか?」
「そりゃ怖いさ。誰だって死ぬのは怖い」

「どうして?・・・僕にはわからないよ」
「わからなくて当たり前だ。本物のクライマーはいつか必ず山で死ぬことになっている。しかたのないことさ」
「必ず死ぬって?」
「クライマーは困難を目ざすんだ。齢とともに体力は衰える。だが、それに応じたレベルに下りることなどできはしない。もちろん山をやめるわけにもいかない。だから本物は、いつか必ず山で死ぬんだ」

                       本文114,5ページより

 

・・・うーむ、考えてみると「なぜ山に登るのか」の話とはあまり関係ないような気がしてきましたが、とにかく困難・危険を承知でコトにあたるという事の本分を描き出しています。

そしてなおも山で死にたがる太郎に放ったこのセリフ。

「いいか小僧。死んでもいいというのと、死にたいというのは大ちがいだ。最高の男と最低の男のちがいだぞ。一緒くたにするな」

                        本分120ページより

俺とお前が山で死んだところで事実的には違いはない、ただそこに至る心境や覚悟の違いは天と地の差だ。お前も何か死んでもいいと思えるくらい何かに打ち込んで、死ぬんならそれを証明するために死ね。

とでも言いたかったかどうかはさておき、そんな印象を受けました。武藤さん。 
死を以て生を全うする、なんてあたりは壬生義士伝で度々出てきたような武士の本懐に通ずるところも感じられたり。

人は一筋縄ではいかんのですか、浅田さん。

 

生と死。
このテーマを冬に持ってきたのは、四季の中で一番生死がくっきりと浮かび上がる季節が冬だからなのでしょうか。

 

あと、この登山に関してはプリズンホテルでも梶・服部を中心に登山クラブができてるのが面白かった。
武藤を神のように崇拝して、武藤のビデオを繰り返し見るクラブ員。武藤がホテルに現れるや否や、ファン感謝祭のような騒ぎっぷり。

普段は板長として威厳を見せる梶さんまでがアタフタとする姿はギャップがあってステキ。きゃ。
彼らの登山の様子もコミカルで読んでて楽しいです。

 

 

あとは、この章はあとがきがないのが少し残念だった。
夏を読んだ時から、あとがきを読了後のひそかな楽しみにしていたのですが。

 

ゴンザレスは今回も好きでした。多分ずっと好きです、ゴンザレス。

 

と、ここまで夏・秋・冬とレビューを書いてきましたが、主人公である木戸孝之介とその周りに関して、ほとんど書かずにきてしまいました。
おそらく、描き出すものが多く、あるいは壮大でうまくまとめられません。

清子を生き埋めにするシーンからの春での豹変ぶりはすごいですね。
孝之介もだんだんといいやつになってきました。

 

そな感じで次回、プリズンホテルにも春が訪れます。

 

PS:171ページから「ゴンザレスの朝は早い。」という一文から始まる一節があるのだが、ゴンザレスの生態・特徴・人柄などが目白押しで、彼のファンにとってはとてもありがたい。