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暇人のイマジン

書評とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

世界中の赤ん坊たちよ

なんかまた台風がくるみたいね。北海道には台風はあまり来ません。

その北海道に5,6年生きていたので、すっかり台風に馴染みのない人間になりました。
どうも、そんな私です。

 

 

今日は子供の話。

最近、というか昨日今日の話なんだけど、2人の子供(2歳半くらい)と同じ時を過ごしました。

やつらの思考能力というか学習能力というか、赤子の脳みそってすげええええええええ!!!と感動したよ。

うむ、おじさんは感動した。

 

 

2歳半てこの世に飛び出してから、まだ1000日とか経ってないんですよ、やつら。

しかも当たり前だけど、何の経験値を積むことなく、見た事も聞いたこともないような外界にさらされるわけですよ。

もしかしたらお母さんの腹にいる時からいろんな影響は少なからず受けているのかもしれないけど、生まれた時はまっさらな存在なんですよ。

赤ん坊のコマンドは「泣く」、これきり。びゃーびゃー泣いて出てくるわけですね(笑いながら出てくる赤ん坊がいたらめちゃ怖い。)

 

なのにいつの間にか、自我というか自己意識みたいなものがどっかから湧いてきて、自分と相手を認識し始める。

「この人はいい人・・・キャッキャ」

「この人なんか苦手・・とりあえず泣いたろ、ふぎゃあああ」

「この人は・・・知らん。とりあえず泣いたろ、みぎゃあああ」

この感情の使い分けというか、その大元はどこにあんねん。フィーリングか。

 

そして言語能力の著しい成長である。

これはほんとにすごいわ、あっぱれ。

いつ、どんなきっかけで「リンゴ」を「リンゴ」として捉えるようになるんですか、あんた。なんかのスイッチが入らないと、その思考作業はできないでしょ。

しかも「やーだよー」とかリズミカルに言ってくる時がある。

言い方ってもん自体に意味がある事を、どんなタイミングで覚えるんだ、おぬしら・・・。

 

 

人間の言語習得に関しては、チョムスキー(ロシア人かなんか)という「ハムスター」みたいな学者が有名ですね。

彼の主張によると、「人間にはあらかじめ習得する言語の素が内蔵されていて、成長するにしたがってその素が言葉を表出させていく」ということらしい。

つまり、人間の頭の中には生まれた時点ですでに「リンゴ」だとか「ゴジラ」だとか「ランチタイム」だとかの単語がインプットされている。ドラクエの主人公がレベルアップするとホイミを覚えるように、大きくなるにしたがってそれらの単語を覚えるようになっている。そんな学説である(と解釈しています、チョムスキー先生)。

 

でも、そんなわけねえだろとチョム説を全否定したのが、どっかの偉い教授だった(誰かは知らない)。

チョム説にしたがえば、日本人には日本語の素が、中国人には中国語の素が、マダガスカル人にはマダガスカル語の素が入っているわけだけど、

日本人でも日本国外で生まれ育った人とかは日本語を話すことができない人がいる。

確かに言われてみればそうだ。どっかの偉い教授、するどい!

 

この偉い教授の主張だったかはそれまた分からないが、人が何かを自分のものとする過程に必ずあるものは「模倣」らしい。マネ。

そりゃ言われてみればそうだなあと思うが、その「マネしときゃ覚えられるやろ」という考えはどこから生まれるんだい、先生?!という疑問がまた出てくる。

 

考えれば考えるほど分からないが、

とにかく今年25になったおじさんはつくづく感心させられるよ、世界中の赤ん坊たちよ。

これが自分の子供だったらさらに感動するんだろうなあ。

 

環境問題に国際問題、男女の下衆の極みに、ただ歩いていた中年が通報されるなど

何かと世知辛い世の中ではあるが、

世界中の赤ん坊よ、逞しく生きてほしい。

私も頑張ります。

意味不明なシメカタですが、世界中の赤ん坊にこうして呼びかけたのは私がはじめてな気がします。

ちゃんちゃん。

 

 

オワリ

 

 

PS:2歳半で走れるということにも驚いた。昨日、Kさんの娘の運動会動画を見せてもらいましたが、7メートルくらいしか走ってなかった。みじけえ笑

でもなんか感動したよ。