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暇人のイマジン

書評とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

なんで小学生男子は鉛筆の尻を噛むのか

黎明期の記事

なんでなんですかねえ。
よくTVとかで作家が「うーむ」とか言いながら少々ガジガジやっているのは見るような気もしますが、小学生男子は奥歯でミシミシと噛みます。
見事な歯形がついて、一瞬の満足感というか変な快感があるのかもしれません。

お前はどうなんだ、と自問自答してみたところ私もやっていたような気がします。
なぜなら鉛筆の尻の味をなんとなく覚えているから。

鉛と木と、あと少し塩辛い味がします。よく考えると、鉛筆の尻を奥歯で噛みしめるその光景はなんだか怖いですね。文部科学省が泣きます。あと鉛筆を作ってくれたトンボのおじさんと、親も泣く。罪な小学生でした。

 

小学生の頃は鉛筆以外にも文房具では色々と遊んだなあ、そういえば。
例えばアラビックヤマトという、糊の代名詞みたいなオレンジのあれ。
「エレベーター」といって中の気泡を上下させる初歩的なものから、動かなくしたハエにたっぷりと糊をかけて「コハクのかせき」を作る遊びもありました(乾くのにめちゃ時間かかるので、家庭科室の冷凍庫に入れます)。罪な小学生でした。

糊とかボンド系はすごく好きでしたね。液体が固まる、というのがいい、なんか。

 

タイトルに困ったので、目の前に合った鉛筆をテーマにした次第です。
今回は前回の「ぼくとブログ」的なお話の続きやんけ。

 

 

そう、浪人したんですよ。一応公立の大学は現役で受かっていましたが、どうしても旧帝大に行きたいとのことで浪人しました。
世間一般でいうと浪人てマイナスなイメージがあるかと思うんですが、浪人の一年間はとてつもなく楽しかったです。
他の高校から来た者同士でありながら、目的を一にして集うのが結構刺激的でした。
そして、予備校の講師は比較的高校の教師よりもオモロイ人が多い。

 

理由はよく分からんけど、高校の教師だと文科省の規定とか教育指定範囲とかがあって、色々とやりづらいんだろうな。
多分、「これ教えて意味あんのか」とか「このカリキュラムで大丈夫なんですか、大臣?!」とか思うところもある人はあるんだろうけど、難しいんだろうね。

それにひきかえ予備校講師はフリーダムだから、基本的に結果が出れば何してもよかったんじゃないかね。

 

同期がオモロイ、先生がオモロイ。

このような中でネタがないわけがない。

この時期は毎日なにかしら書いていたような気がする。

毎日ひとつは書いて、乗っている時はいくつか書いていた。

勉強で脳みそも使っているから、語彙が次から次へと出てきた感がある。

 

この時期に使っていたのが「ブログリ」というブログサービスだった。

非常に使い勝手がよかったので愛用していたが、大学に入ってから管理人?が変わり、

使い心地が3ランクくらい下がった上に、なぜか「男子禁制」という物騒なことになってしまったので辞めてしまった。

今はブログリ自体も閉鎖し、当時のブログを見ることができないのがまことに遺憾である(20年くらい前にサントリーから出ていた「ごめんね」という微炭酸飲料がなくなったのと同じくらい残念。この飲み物のことを話せる人がいたら相当嬉しい)。

 

 

という事で突然辞めたブログだったが、ブログリの変化だけが原因だったわけではない。大学の寮にあった「部屋ノート」というシロモノの登場も一枚かんでいた。

この部屋ノートは連絡網兼自由帳みたいなものだが、これも書きに書いた。いつかこのシロモノについて説明したい。

 

こう思い返してみると、文章を書くという行動が私にとってかなり身近にあったらしい。時代や生活によって姿かたちは変われど、自分の意見や考えを表現する場があったことを幸せに思う。

 

語彙が次から次へと流れてくる感覚。あれは実に気持ちのいいものじゃのう。

 

 

なんか少しまじめな締め方になってしまいましたが、要は
・ブログ開設間もないですが、実は10年前からやってたぜ!という確認と自己満足
・ブログリというすばらしいサービスがあったが、時代と共に朽ちていった(諸行無常の理)
・鉛筆の尻はなるべく噛まない方がいい

ということです。

 

オワリ

 

 

PS:サンシャイン池崎に似ている知り合いがいる