光る水面のドブイナジー

書評とイマジンを、だだもらしていこうというヴログ。

入院日誌7 Siriは何でも知っている

聖バレンタインは何事もなく、木枯らしのように吹きすぎていった。

なんで。痔で入院してるからか。それともそれ以前の問題か。後者はまあ甘んじるしかないが、痔が理由だとしたらそれは許されない事である。全国の痔が黙ってはいない。2017痔之一揆のはじまりよ。
僕はもはや、完全な痔擁護派の人間なんだす。


そんなこんなで痔擁護派の一人として、昨今気になって冷めやらぬのは、「痔」という字の読み方ね。
僕はこれを「ぢ」と、読んでいた。しかし、恐るべき事態が起こった。誰にって僕に。

というのも、今こうして文字を打っているスマート・フォンで「ぢ」と入力しても「痔」が出てこないのである。「ぢ」で出てくるのは、血、千、ヂ、di、Di、知恵、茶屋などであり、特に茶屋はよく分からない。


もしかしたら、「ぢ」ではないのか。と訝った僕は入院中の痔仲間と三時間ほどこの問題について話し合った。結果、みな「ぢ」だと思っている。
やはり、スマート・フォンがおかしいのか。

そこで、なんでも知っているというSiriに聞いてみることになったんですな。尻のことだし。Siriは何でも知っているのだ、そう、iPhoneだから。
しかし悲しきかな、誰もiPhoneを持っていない。Siriに聞くことが叶わず、図らずも切ない。

だがここでただ切ながっているだけでは、痔になった甲斐がないというもの。ここはひとつ心を奮わせて、Siriの代わりに語源辞典をひもといた。
答えが全部あった。

痔は呉音で「ジ(ヂ)」、漢音で「チ」と読み、漢字音に由来する。
普通、「ち」の濁音「ぢ」には「じ」が用いられるが、痔の治療薬販売で有名な『ヒサヤ大黒堂』が「ぢ」と表記することから、「痔」には「ぢ」が用いられることも多い。
漢字は病垂れに「寺」と書くため、お坊さんが座禅で痔になりやすいなど「寺」に関連付けた俗説も多くあるが、寺とは全く関係ない。
「寺」は「峙(そばだつ)」を表し、「じっととどまる」「動かない」といった意味がある。
つまり、肛門付近にとどまる(峙)病なので、「痔」という漢字になったのである。

引用元: http://gogen-allguide.com/si/ji.html


ということである。
なんか曖昧な感じですが、要はその昔、ヒサヤ大黒堂が遊び心で「ぢ」にしちゃったと。それで薬が売れに売れて、いつしか「ぢ」で定着しちゃったと、そういうことなのかね。

ということは、スマート・フォンは間違っていなかった。ていうか、「じ」であろうと「ぢ」であろうと正直どっちでもよかった。間違っていたのは、「痔」には唯一の真正なる読みがあると盲信していたこの私。
謙虚に生きよ、という痔の教えなのかもしれない。

とにもかくにも、痔擁護派としてまた新たな痔の見識を得ることができた。嬉しい。明日も痔擁護派として生きよう。そして明後日も。

入院日誌6 煩悶のINFP型

その昔、「他者を知ることは知恵であり、自分自身を知ることは悟りである」と老子は言った。なるほど、いいことをおっしゃいますな、老子どの天晴れ。と思った私は、退院後に行おうと企てている就職活動のために、ここはひとつ自己分析をしてみようと思った。
 ところが一人で考えていても、「意外と真面目でファンシー」くらいしか出てこない。のっけから途方に暮れてしまった。このまま俺は暮れていくのか、そういう星の下に生まれついてしまったのか、とくよくよしていたが、よく考えれば今は二十一世紀。二十一世紀といえば、そう、インターネットがある。助かったあ、と一人呟いて茶をがぶ飲みした後、早速スマート・フォンを駆使して無料性格診断なるものを受診した。


ということでこの記事は極めてパーソナルな、日本語で言うなら個人的な内容になることが予想される。いつも以上に自己中心的で備忘録的な記事になるので、「俺は多忙なんじゃ、コンコンチキが」という人は自分の事に注力してほしいし、多忙ではないけれど「お前なんか興味ないわ、猿が」という人はその辺を散歩して三寒四温を体感するといいと思う。
 四つほどやってみてややバラつきがあるのは不思議だが、一応どの診断でも言い渡された平均値みたいな性格が出た、なんとか(自分の性格診断、とググるとすぐに出てくるので暇な人はやってみると意外と楽しい)。

箇条書きにすると、
 ・世間知らず
 ・真の理想主義者
 ・落ち着きはある
 ・控えめ
 ・直感型
 ・インプットは広く、アウトプットは狭い
 ・一点集中型で極端
 ・むやみに思索的
 ・基本的に堅気な仕事に向いていない
 ・情に厚く創造性に富む
 ・ジョニーデップ
 ・空気読み能力は破格
 ・管理やルーチンワークができない
 ・内向的

やったぜ、これで己を知ることができた、ぐへへ。と笑ったのも束の間、右のような性格は果たして会社にいる人間として相応しいかどうかを考えて、自分はやや暗くなった。
 相応しくねえ。ぐぬぬ。社会不適合者ってことですか、そうなのですか、性格診断を作った心理学者さん。世間知らず、一点集中で極端、そして管理・ルーチンワークが苦手な社員など、会社は求めていないのは、なんとなく感じられることである。
 というか、基本的に堅気に向いてないというこの一点でもうなんかダメな気がする。そんな月曜日。

いや、しかしこういう後ろ向きな気質がよくないのかもしれない。なんとなればこの診断結果は現時点での性格なのであって、「人間は変われるんだよ」と不良に金八の先生が諭すように、人の性格は変えられるのである。そうだ、俺も変わろう、世間を知って、全方面にまんべんなく集中を分散させ、中庸を知り、管理トレーニングをしよう。そう思った。
 が、ここである言い伝えを思い出した。「三つ子の魂百まで」という言い伝えである。これは人の魂すなわち基本的な心・性格・人格というのは三歳までにあらかた決まるのだ、という話だが、これに照らし合わせると自分は既に二十と半ばなので、とうの昔に我がパーソナリティの素地は出来上がっていたのだ。

自分の歩んできた道を引き返すことができないと悟った私は、ひとまず窓際までてちてち歩いて、街道を往く自動車の往来を無心に眺めた。ああ、赤い車が三台連続で走っている。嗚呼。
 
 そのまま六分ほど、嗚呼と悲嘆していたが、いつまでもこうしてはいられない。
 堅気ばかりが人生じゃないさ、と昭和の歌謡曲にありそうなフレーズを一人ごちた私は明るい方へと考えることにした。性格診断を作成した人もさすがに情けをかけてくれたのか、このような体たらくであっても向いている職業というのをピックアップしてくれていたので、それについて前向きに検討してみた。

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 向いている職場環境の項目を見るに、我ながらなんたら身勝手な野郎だな、と情けなくなるが、これが自分なので詮方ない。思わず涙がちょちょ切れるが、自分の至らなさを見つめることから全ては始まる、と誰かえらい人が言っていた。

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 どうやら、ユングの心理学に基づいて十六の性格に分類する診断にやると、INFP型というタイプが強いらしい。
 他にも色々細々と書いてあったが、要は「あんたは抽象的な思考をよくするタチで、純粋な意志のもとで善を目指すけど、行き過ぎて周りに迷惑をかけることがあるね。時には日常生活も疎かになったりするけど、まあ利他的で理想主義的な気質は花が咲くこともあるでしょう。そんなINFP型の人は、詩人や作家、俳優なんかが向いてたりするよ。才能があればの話だけど」とのことである。
 さらにエゴグラム診断というのはなかなか辛辣。
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 夢を一オクターブ下げなければ破綻する。そんな殺生な。非生産的な仕事が向いている、というのもなんか打ち捨てられたみたいで切ない。そして、己の甘さにつけ込んで蟻のように亡者が群がる運命にあるそうな。
 なんたら悲壮感漂うこの感じ。前世で何か業の深いことをしでかしてしまったかのような言われようだが、これが現実、リアル。

こうなればもう肚をくくるしかない。我とて曲がりなりにも、もののふ達の血を引いた日本男児。やってやれないことはあるまい。
 いや、ある。その可能性は多分にある。そのようなアーチスチックなセンスを感じたことはついぞない。文を書けば論点を定めぬ駄文長文に成り下がり、奥の細道を歩いたこともなく、演劇に至っては演じることはおろか二回しか見たことがない。
 可能性があるとしたら、やったことのない俳優業なのか。ひとまずオーデションに行けばいいのか、どうなのか。
 というか、こういう人たちはそれなりに一定数いるはずで、その人たちが皆アーチストになっていたら社会に支障を来す恐れがある。

と恐れて紹介職を見返してみると、神父・牧師というのがある。
 これか!神に仕える敬虔な宣教師、悪かない。
 がしかし、キリスト教についての知識・教養が皆無なのでこれも見送りだす。
 となると、自分はどちらかというと仏教神道に近い気がするので、僧侶もしくは住職ということになる。だが、そんな求人は見たことがない。とりあえずミャンマーにでも行って修行するべきなのか。

そんな感じでまたもや途方に暮れることになったが、色々な性格診断の末に自分というものが少し見えて、老子の教えに近づけたような気もするのでまあいいか。
 そして、時計はそろそろランチタイム。


追伸:INFP型は十六の型の中で最も生きにくい(日本では)タイプらしい。この際泣こうかと思ったが、まあそれぞれのタイプで各々うまくいかないことはあるだろうから、INFP型だけが泣いている場合ではない。みなで励ましあって、ウィーアーザワールドを歌いたい。人類みな兄弟。ブラザー。